ボクの特別なある日

今朝は、パパが起こしてくれるよりも早く起きられた。
キッチンで朝ごはんをつくるパパにおはようって言ったら、少し驚いた顔をしてから、まだ早いよって笑われた。
「だってボク、今日で8歳になるんだもん」
少しだけ胸を張って言うと、パパは頭を撫でてくれる。
そうだね、大きくなったね、って。
その手は今日も変わらず大きくて、嬉しくて、なんとなくくすぐったい。
「今夜はケーキを作ろうと思うんだけど、綴は何のケーキがいいかな」
「ボク、いちご! いちごがたくさんのったケーキが食べたい」
「わかった。それならあとで真夏に持ってきてもらおう。……さて、もうすぐごはんが炊けそうだから、みんなを起こしてきてくれる?」
「うん」
頷いて、3階に向かう。
うーちゃんもよーちゃんもおねえちゃんも、ボクが部屋に行ったときにはもう起きていて、部屋に入ると待っていたようにおはようと言ってくれた。


お昼は、ママのお墓参りに行った。
パパはお店があってまーくんは配達があるから、おねえちゃんと。
繋いだおねえちゃんの手はパパより小さくて、でもやわらかい。
「こんにちは、真冬さん」
そう言っておねえちゃんは、お話をしながらお墓を掃除していく。
最近おねえちゃんにお夜食のおにぎりを作ってあげたこととか、あやかしのお友だちができたこととか、自分の名前を漢字で書く練習をしていることとか、いろいろ。
全部、ボクの話。
(恥ずかしいなぁ)
そう思いながらおねえちゃんの後ろ姿を見る。
最後の雑草を抜いて袋の口をしばったおねえちゃんは、ボクを振り返った。
「お待たせ、つー君。私ばっかり真冬さんとしゃべっちゃった」
「ううん」
もらったタオルで、土で汚れた手を拭く。
「つー君も、お母さんに言わなきゃね」
火をつけてもらったお線香を置いて、手を合わせる。
(ママ)
心の中で呼びかけると、優しい声が「なあに」と返ってくる気がした。
(ボク、8歳になったよ。パパのお手伝いもしてるし、お勉強も頑張ってるし、お友達も少しずつだけどつくってるよ。おねえちゃんと、うーちゃん、よーちゃんの言うこともちゃんと聞いてる。にんじんも食べられるようになったよ。まーくん、昨日もバイクぶつけてたけど、ママが見ててくれるから大丈夫だよね。まーくん強いもん。それからね、それから……)
ママに話したいことはどんどん出てくる。
伝え終わって顔を上げたボクを、おねえちゃんが笑顔で見ていた。

それからおうちに戻ったボクたちは、暗くなる前にケーキを作った。
生地をおねえちゃんが焼いてくれて、パパが生クリームを作ってくれた。
まーくんから「綴のおじいちゃんとおばあちゃんからだよ」といちごといっしょに渡された袋には、『つづりくん おめでとう』とかかれたチョコレートとカラフルなろうそくも入っていた。
「お祝いに行けなくてごめんね、って」
いちごのヘタをひとつひとつ取りながら、まーくんが言う。
「そのかわり、まーくんがおじいちゃんおばあちゃんの分も綴のことしっかりお祝いするからね!」
「お前がここでメシ食ってくのはいつものことだろ」
「あ。ひどいなぁ謡。ちゃんと肉も持ってきたのに」
「何!? まあゆっくりしていけよ、真夏」
「謡、お前のための肉じゃないだろ。綴のリクエストにから揚げがあったんだ」
わいわいにぎやかにおしゃべりが飛び交って、ケーキが形になっていく。
卵色でふわふわなスポンジ、甘くて真っ白なクリーム、つやつやとかわいいいちご。
最後にチョコレートをのせて、歳の数だけ入っていたろうそくを、1本1本差した。
みんなの手で出来上がったケーキはちょっと形が崩れていたけれど、とてもおいしそう。
「それじゃあいくよ」
他の料理もテーブルに並んで、みんな揃ったところでパパが言う。
ボクは両手を出して待っていたけれど、それは思っていたのとは違う言葉への合図だった。
「綴、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう! つー君」
「ハッピーバースデー!!」
ぱちぱちと目を見張るボクの前で、ボク以外のみんなはぱちぱちと拍手をする。
「この言葉だけはみんなで言おうって決めてたの」
おねえちゃんが微笑みかけてくれて、やっと、今日の朝から誰にもお誕生日おめでとうと言われていなかったことに気づいた。
「真夏が一番に言いたいって言いだしてね。そしたら彼女も『綴と一緒に寝て朝イチで言いたいな』って……」
パパが困ったように、でもおかしそうに笑う。
「張り合って謡まで名乗りをあげてきたときに、ならこのタイミングにしようってことになったんだ。順番なんて関係ないのにね」
にこにことみんながボクを見るから、ボクはどこを見ていいのかわからなくなってしまう。
よーくんと目が合ったとき、またおめでとうって言われた。
「ありがとう……」
おねえちゃん、うーちゃん、よーちゃん、まーくん、パパ。ぐるりと見渡して、ありがとうを伝える。
「こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう。大きくなってくれて、ありがとう」
「……うん」
どうしてか涙が出てきそうになって、ボクはうつむいた。
みんなみんな笑っているのに、ボクだけ泣くなんて変だもの。
「それじゃあ、今度はいつものやつを」
ボクが泣きそうだって、パパは気づいていたのかもしれない。
もう一度ボクに笑いかけてから、両手をテーブルの上に出した。
それを見て、みんなで真似をする。ボクも、いつものボクと同じように、両方のてのひらを上に向けた。
「おててぱっちん」
『いただきます』

©honeybee

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