あやかしごはん After Story 詠

吟さんのおつかいを済ませて2人きりで歩く帰り道、ふいに詠が言った。
「……なあ、謡に言ったか?」
「何を?」
唐突すぎて、最初はなんのことだかわからなかった。
条件反射のように何をと聞いたものの、「アレのことだよ」と詠はハッキリしないのだ。
首を捻り、繋いだ手を緩やかに振りながら考える。
「あれ……アレ……」
(なんだろう)
なんの代名詞か、パッと思い当たるものがない。
「だから…………その……俺たちが、付き合うことになったって……」
「へ? あ、ああ……うん……」
尻すぼみになっていく詠のセリフに、私の顔まで熱を帯びた。
「まだ言ってないよ。あの時はそれどころじゃなかったし、謡たちにも心配かけちゃって、わざわざ言う雰囲気じゃなかったもん」
「ならいい」
「報告は2人でしたいよね」
「しなくていい」
「そうなの? 家族なんだから、ちゃんと言っておいたほうがいいと思うんだけど」
下手に黙っておいて後でわかるというのも、気まずい気がする。
同じ家に暮らしているのだ。きっと知っていてもらったほうが、お互いのためにいいんじゃないかと思うのだけど。
「……言ったら、からかうだろ」
「そうかな?」
吟さんはからかうなんてことしないだろうから、懸念は謡、か。
(ううん、吟さんももしかしたら……)
微笑ましそうに私たちを見つめる義父が容易に想像できてしまった。
からかうつもりはなくても、あの人は思っていることを態度に出してしまう人だ。
やれ赤飯だ、やれおばあちゃんに報告だ、私たち以上に盛り上がってしまいそうでもある。
「確かに……」
頭の中の吟さんが、実父が娘を嫁にやるかのごとく感極まって泣き出したところで、むず痒くなってきた私は詠の意見に頷いた。

――それが、昨日の話。

「なあ、お前らって付き合ってんのか?」
居間でお茶を飲みながら宿題を熟していた私に、恋人の兄が唐突に質問をぶつけてきたところからが今日の話であり、今の私の状況だ。
「…………はい?」
「はい? じゃねえよ、わざとらしいな。聞こえてんだろ」
これが漫画ならドカッと効果音が入るんだろうな、という勢いで、謡はテーブルの向かい側に座った。
吟さんはお店。詠はつー君を連れて外に出ているから、邪魔をされないと踏んで声をかけてきたのかもしれない。
「お、お前らって誰と誰のこと?」
「しらばっくれんのかよ。お前と詠に決まってんだろ」
「あ~~、なるほどね」
ドクンドクンと心臓が脈打つスピードが早くなる。
(言わないって詠と約束したばかりなのに……)
秘密にしなきゃ、と思うほど嫌な汗が浮かんできていそうで、私はから笑いをしてやり過ごそうとした。
「で、どうなんだ?」
「それは……」
謡だけならなんとか誤魔化せるかも知れない。
嘘にならない範囲で、どうにか別の話題に切り返しができれば……。
(……ダメ、思いつかない)
そもそもが「はい」か「いいえ」で答える方式の問いだから、逃げ道は否定することしかなかった。
(でも、もう嘘なんて言いたくない)
紅蓮のことがあって、いつか人を傷つける嘘はつきたくないと思った。
ここで私が付き合っていないと謡に言うのは簡単だ。けど、それを詠が聞いたらどう思うだろう。
もし詠が私と付き合ってないなんて言ったら、嘘だと分かっていても私は悲しくなる。
「謡、あんまり無理やり聞かないの。キッチンの方まで聞こえてたよ」
お店用のエプロンを脱ぎながら、居間に吟さんが顔を出した。
「そうは言ったって、吟だって気になってるんだろ?」
「それは……まあね」
吟さんは苦笑して私の方に顔を向けた。
それを受けて味方を得たと感じたのか、謡がテーブルに身を乗り出した。
「ほらな。何も悪いこと聞いてるわけじゃないんだ。別に教えてくれたっていいだろ?」
「そうだね。家族なのに教えてもらえないっていうのは、ちょっと寂しいかな」
「…………」
真剣な謡の顔と、優しげな吟さんの顔。順番に見比べて、口をつぐむ。
どちらにも、からかっている素振りはなかった。
しばらく逡巡して、それならば、と深呼吸をする。
(約束破るよ。ごめんね、詠)
心の中で謝った。後でまた直接謝ることになるんだろう。
「あのね、私……詠と、付き合ってるよ」
言ってしまった、と思った瞬間、居間の外から物音がした。
私も謡も吟さんも、一斉にそちらを見ると、詠とつー君が立っていた。
「お前……なんで、言って……!」
揃って呆然としていたのも束の間。詠は顔を赤らめて3階に逃げようとした。
「よーちゃん!」
けれどそれは手を繋いでいたつー君に引き止められたことによって、叶わなかった。
すかさず駆け寄って、つー君と反対側の手を取る。
「ごめんね、詠。やっぱり言っておいたほうがいいと思ったの。詠は嫌がってたのに……ごめんなさい」
「……なんでお前が泣きそうになってるんだよ」
「だって、約束……」
「恥ずかしいのはこっちだって同じなんだからな」
「……え?」
嫌なんじゃなかったのか聞くと、詠は「こんな恥ずかしい思いするのはごめんだ」と言って顔を隠そうとした。両手が塞がっていたから、隠しきれずに赤く染まった顔は丸見えだったけど。
「もういいよ」
はぁ~、と盛大に吐かれたため息は、詠なりの最終手段の照れ隠しだったのだと思う。
きゅっ、と私の手を強く握って、掲げる。身体をくるりと反転させられた私は、吟さんと謡と目があった。
「俺たち、付き合ってるから」
「!!」
「はい、報告終わり。もういいだろ。俺は部屋に行く」
「へ? あ、ちょっと詠!?」
繋がれた手は放されないまま、階段へと引っ張っていかれる。
謡と吟さんは目を丸くして、つー君はわけもわからず首をかしげていた。
「詠!!」
階段に足をかけた詠を、謡が呼び止める。振り返った詠に、謡は気持ちがいい笑顔と共に続けた。
「知ってた! てか、気づいてた!」
「……は?」
「オレも吟も、付き合ってるんだろうな~ってほぼほぼ確信してたって言ってんの」
「な、なっ……!」
「君たち、わかりやすくてさ」
想像していたのと寸分違わない微笑と共に、吟さんが言う。
「おめでとう」
お兄さんの顔をした謡が、詠と私の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「良かったな」
「……あり……」
「ん?」
「……あり、がと」
顔を真っ赤にした詠がそれに答えて、今度こそ逃げるように階段を駆け上がっていく。
「もう、詠ったら」
素直なんだか素直じゃないんだかわからない恋人にくすりと笑って、手を引かれるままついていく。
背後からは「今夜はお赤飯にしようね」と話す吟さんたちの声が聞こえていた。

©honeybee

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