あやかしごはん After Story 蘇芳

いつからかは分からないが、メシ屋の家に野良猫が現れるようになった。

しましまトラ模様のオス猫だ。
ガリっとした、見るからに栄養が足りてなさそうな身体をして現れたあいつのことを、メシ屋も、そしてあいつも、よく気にかけるようになった。

ある日、あいつの膝枕を受けながら縁側で日向ぼっこを楽しんでいると、またあのトラ猫がやって来た。
「あら、今日も来たのね」
あいつは嬉しそうにぱっと顔を輝かせると、膝からおれの頭をどけて立ちあがる。
「おい! 枕が動くんじゃない」
おれの抗議の声も聞かず、あいつはぱたぱたと台所へ走っていく。
このトラ猫のためのエサを用意しに行ったのだろう。
(おれがメシを催促する時は、あんなに俊敏に動いたりしないくせに)
そんな不満を抱え込んでいると、縁側に上がってきたトラ猫がうにゃあと鳴く。
ニンゲンからしてみればただののんきな鳴き声にしか聞こえないだろうが、猫又であるおれには、こいつの言葉がしっかり理解できる。
『何を妬いているのさ? 猫又のくせに心が狭いな』
……と、言っているのだ。このふてぶてしい猫は。
「お前、もうここへ来るなと何度も言っているだろう。
 ここはおれの女のいる家だ。言う事を聞かないやつは食ってやるぞ」
おれは自慢の爪を見せ、けん制する。けれど猫はまったく動じた様子はない。
『どうせ食べ物不足で野垂れ死ぬはずだった命だからね。
 今さら猫又に食われてなくしても惜しくなんてないさ』
そんな事を言って、あいつのいる台所へとしっぽをふりふり歩いていく。
すると、あいつの「可愛い」等という声が聞こえてくる。
(バカめ。あんなふてぶてしい猫のどこが『可愛い』と言うんだ)
毛並みに関しては、おれには絶対的な自信がある。
艶やかで、それでいてふかふかとしたおれの体毛は、この村に住んでいるどの猫よりも美しい。
それなのに、このおれよりも、あんなどこにでもいる縮れ毛のトラ猫なんぞを可愛いと言う。
まったく、あいつは猫を見る目がない。
おれはふつふつと湧きおこる憤りを持て余しながら、座布団を枕に寝転んだ。

そうこうしている間に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
おれはあいつと、チビ狐の声で目を覚ました。
「この子、だいぶ元気になったね」
「とらちゃん、かわいい」
そして、にゃあと鳴くあのふてぶてしい猫の声。
(まだここにいるのか……)
苛立ちを覚えながら、むくりと起きあがる。
すると居間には信じられない光景が広がっていた。
あいつが、トラ猫を膝に乗せていたのだ。
「んにゃっ……!?」
目を見開くおれに、「あら蘇芳、起きたの」なんて、あいつはのんきに声を掛けてくる。
あの場所はおれの指定席だ。それを、あんなぽっと出の猫野郎に譲り渡すなんて!
苛立ちのままおれは数歩踏み出し、トラ猫をつまみあげ、ぽいっとチビ狐の方に放り投げた。
「わ、わっ! はなちゃん、乱暴したらだめ……!」
「ちょっと、蘇芳!?」
トラ猫を抱きかかえながら注意するチビ狐、そしておれに非難の目を向けるこいつ。
けれど、そんなものにひるむおれではない。
空いたこいつの膝の上に、おれは思い切り寝転んだ。
「ちょ、ちょっと……!」
「ふん」
おれはまだ寝たりていないんだ。
寝心地の良い枕を求めるのは、当然の行為と言える。
(だからおれは、何も悪くない)
そうしておれは身体を丸め、寝る体勢に入る。
「はなちゃん、お姉ちゃんの膝が恋しかったの?」
チビ狐の質問には、応えてやらない。
するとチビ狐はくすりと微笑み、「お姉ちゃんと仲良くね」と言って、トラ猫を連れてどこかへ行ってしまう。
ちらりと視線を向けると、チビ狐に抱かれたトラ猫と目があう。
『やっぱり、心の狭い猫又だな』
にやりと笑われ、おれは苛立ったが、ようやく取り戻したこの枕から離れるのが惜しく、ぐっと堪えた。
チビ狐が行ってしまうと、はぁ、とこいつのため息が零れ落ちてきた。
「蘇芳は、どうしてそんなにも独占欲が強いのかしら」
そう呟きながら、おれの髪をさらりと撫でる。その手つきが心地よい。
「……ふん。お前が誰にでもたやすくこの膝を貸すのがいけない。この膝はおれだけのものだ」
「なによ、それ。蘇芳にとって、私はただの枕ということ?」
拗ねたような口調だ。おれの髪を撫でる手もぴたりと止まる。
「違う、そういうわけではない」
「じゃあ、どういうこと?」
「だから……」
おれは身体を起こし、真正面からこいつの顔を見た。
不思議そうな表情をしながら、「蘇芳?」と尋ねるその唇を、おれはぺろりと舐めてやった。
「す、蘇芳!?」
すると、みるみる頬が赤く染まる。
驚きと戸惑い、照れと怒り、様々な感情がない交ぜになった目でおれを見つめてくるこいつ。
数秒の間にくるくると変化するこいつの表情は、見ていて面白く、飽きない。
そして……愛しいと、思う。
「おれにとって必要なのは、お前の膝だけではない。お前の身も心も、全部おれのものだ」
文句はあるか、と尋ねると、こいつはわなわなと肩を震わせる。
何か文句の一つや二つ飛んでくるかと身構えるが、次の瞬間、こいつははぁと大きくため息を吐くだけ。
「なんだ?」
「……ううん。蘇芳には敵わないなって思っただけ」
そうして、自分の膝をぽんぽんと叩くこいつ。
「おいで、蘇芳。まだお昼寝するんでしょう?」
笑みを浮かべられ、おれは戸惑う。
「……困ったぞ」
「なにが?」
「昼寝よりも、お前を食べたくなった」
「え!?」
正直な想いを告げると、こいつは湯でダコのように顔を真っ赤にさせた。

©honeybee

当サイトに掲載されている画像、文章、肖像等について、各会社、団体または個人に、著作権もしくは肖像権その他の権利が存在します。
これらを権利者に無断で複製・転載・加工・使用等することを禁じます。また、画像使用許諾等のお問い合わせもご容赦下さるようお願いいたします。