真っ直ぐすぎるけど、不器用にも見える謡の気持ちが、とても嬉しくて……。
凛 :「……そっか」
私も一歩、勇気を出そうと思った。
車内には私たち以外、誰もいない。
次の駅もまだ、少し先。
凛 :「……私も」
凛 :「私も、謡と……キスがしたい、よ」
謡 :「……凛」
金色の光が差し込む。
まぶしいくらいの太陽の光に目を細めながら、私達は顔を寄せ合って。
お互いの手をつたなく握り合いながら……
そっと、キスを交わした。
私から指を絡め、萩之介の手を握り直す。
凛 :「私と踊ってもらえますか? 王子様」
萩之介:「……! 喜んで、シンデレラ」
私達は庭に出ると、つたない動きで踊りだす。
萩之介:「うわっ、と……ずっと練習風景を見てたけど、実際にやると難しいね、これ」
凛 :「でしょ? すっごく大変だったんだから」
萩之介:「でも、すっごく楽しい!」
凛 :「ふふっ、萩之介ったら子どもみたい」
そうやって無邪気に笑う萩之介が愛しくて、私も笑ってしまう。
凛 :「……ねぇ、萩之介」
萩之介:「うん。何?」
凛 :「私の王子様は、これからもずっと萩之介だけよ」
萩之介:「えっ……?」
凛 :「私が好きな男の子は、萩之介だけ。だから……安心してね」
萩之介:「ど、どうしたの? 今日の凛、めちゃめちゃ素直だね」
凛 :「そ、それは……萩之介が、正直な気持ちを告白してくれたから……そのお返しよ」
萩之介:「凛……」
すると、萩之介は私の腰をぐっと抱き寄せる。
萩之介:「……」
驚いて声を上げる間もなく……
萩之介に、触れるだけのキスを受けた。
凛 :「は、萩之介……っ!?」
萩之介:「へへ。嬉しかったから、お返しのお返し」
凛 :「も、もう……っ」
蘇芳はもう一度、みんなの書いた日記を読み返した。
蘇 芳:「……こうして読んでいると、毎日長い時間をあいつらと一緒に過ごしているはずなのに、人によってこんなにも感じ方が違うものなのだな」
凛 :「それに、文章の書き方や文字も違うわ」
蘇 芳:「ああ」
凛 :「私、最初は交換日記なんて子どもっぽいと思っていたの。でも……やって良かったわ」
凛 :「だって、こうしてみんなの思い出が形になっていくのって、面白いもの」
蘇 芳:「おれも……もう少し、しっかり書いてみるか」
凛 :「蘇芳……」
蘇 芳:「違いを話し合い、共有するのは面白いからな。もっと他の事も知りたくなった」
凛 :「うん」
蘇 芳:「なんだ、嬉しそうな顔をして」
凛 :「蘇芳がやる気になってくれたのが、嬉しいの」
蘇 芳:「ふん、変な顔だな」
蘇芳は鼻を鳴らしたかと思ったら、いきなり顔を近付けた。
蘇 芳:「……」
(――っ!?)
蘇 芳:「顔が真っ赤だぞ」
凛 :「す、蘇芳がいきなり、ほっぺたを舐めるから……っ」
蘇 芳:「変な顔をしていたから、味見をしたくなったんだ。なかなかうまかったぞ」
蘇 芳:「お、そうだ。今日は凛が茹でダコのように真っ赤になった思い出を記しておこう」
凛 :「や、やめて! そんなの恥ずかしすぎるわ」
凛 :「桜だけじゃなくて、他にもいろいろ詠と一緒に行きたい場所はたーくさんあるんだよ」
詠 :「ふーん、例えば?」
凛 :「そうだねぇ……、商店街まで2人でおつかいに行くのも楽しいし、学校行くのも楽しいし、それから神社だって……」
詠 :「それ全部、いつも行ってるところだろ」
凛 :「まあそうなんだけど……」
(結局、詠と一緒ならどこへ行っても楽しいし、これからもそうしてたいってことなのかも)
詠 :「まぁ、これからも一緒に行けばいいってことか」
凛 :「……うん!」
(ふふっ、嬉しいな。でも、ただいつも通り一緒にいるだけじゃなくて……)
(例えば、こうして一緒に並んで歩いてる時、手を繋いで歩きたいな……)
詠 :「…………」
(でも、恥ずかしくてそんなこと……言えないよ)
詠 :「……? 何だよ、どうしたんだよ?」
凛 :「えっ? べ、別に……」
(と言いながらも、ついちらちらと詠の手を見てしまったりして……)
詠 :「……? 何だよ。まったく、さっきから落ち着きがないぞ」
凛 :「……むっ」
(何よ、詠ったら。全然気づいてくれないんだから……)
詠 :「あ、おい。待てよ。何で置いていくんだよ」
凛 :「……知らない」
詠 :「おい、なあってば、何で怒ってるんだ?」
凛 :「怒ってない」
詠 :「いや、怒ってるだろ。……なあ、凜」
凛 :「……っ」
その時、私に追いついた詠が私の手をぐいっとつかんだ。
凛 :「……も、もう怒ってない」
(どうしよう、手も顔が熱くなってきた……)
詠 :「はぁ? 何だよ」
凛 :「あっ、離さないで……っ」
詠 :「……ん?」
凛 :「あ、あのね……」
詠 :「ああ、何だ」
凛 :「その……よ、詠と手をつなぎたかったのっ」
詠 :「……っ!」
(や、やっと言えた……)
詠 :「そ、そんなこと……早く言えよ。いちいち怒るな」
詠 :「ったく……ほら、行くぞ」
凛 :「あ、うん……」
(詠ってば、顔真っ赤。でも、さっきよりちゃんとしっかり手をつないでくれてる……)
真 夏:「凛ちゃん、好きだよ……」
真夏さんの唇が私の唇をそっと包み込む。
もっともっと真夏さんの温もりが欲しくなって真夏さんの背に腕を回した。
真 夏:「……」
(どうしよう……止まらない……)
真夏さんの唇がさっきよりも深く重ねってきた。
苦しくなって真夏さんの背に爪を立てると直ぐに唇が離れた。
凛 :「真夏さん……?」
真 夏:「……一緒のベットで寝させてもらってもいいかな?」
凛 :「は、はい……」
真 夏:「ありがとう」
一つ一つの音が普段よりも大きく聞こえた。
自分の体じゃないみたいに体が強張って
心臓が壊れてしまいそうになるぐらいどくどくと激しく脈打つ。
(私このまま真夏さんと……)
真 夏:「大丈夫。……今日はもう何もしないから」
凛 :「え?」
真夏さんは私を抱きしめてそっと額にキスを落とした。
真 夏:「俺の胸の音聞こえる?」
凛 :「……聞こえる。とくんとくんって……」
真 夏:「俺も聞こえるよ。君の胸の音。とっても優しい音だ」
凛 :「そんな……バクバクいっててうるさくないですか?」
真 夏:「うるさくなんてないよ。むしろすごく落ち着くよ」
それっきり真夏さんは口を開かなくなった。
外からは変わらず激しい雨や雷の音が聞こえてくる。
けれど、それらの音はゆっくりと真夏さんの胸の鼓動や体温によって優しく浸食されていく。
凛 :「ん……」
真 夏:「おやすみ。良い夢を」
真夏さんのその言葉を最後に私の意識は夢の世界へと沈んでいった。
靴を脱いで海に浸かると、ひんやりとした感触がつま先を包む。
凛 :「冷たい!」
浅 葱:「まだ泳ぐには早い時期だからね。あっ、待って、凛」
凛 :「どうして?」
浅 葱:「僕が先に入るよ。何かあったら危ないからね」
凛 :「あ、ありがとう……」
浅 葱:「……っと、大丈夫そうかな」
凛 :「そっちに行ってもいいかな?」
浅 葱:「うん。いいよ、おいで」
浅葱の元へゆっくりと歩いて行く。
一歩、一歩、近づいていく。
(……今、私は浅葱君と海にいるんだ)
(やっと、海に来られたんだ)
一歩、一歩、歩くたびに胸が締め付けられそうになる。
浅 葱:「こっちに来たね」
凛 :「うん。来ちゃった……」
浅 葱:「海ってこうなってたんだね」
凛 :「そうだね……」
テレビや本では見たことがあるけど……
実際に見るのでは全然違う。
凛 :「ねぇ、浅葱君!」
浅 葱:「何?」
凛 :「えいっ!」
浅 葱:「うわっ!?」
凛 :「ふふっ、水かけちゃった」
浅 葱:「やったね……えいっ」
凛 :「きゃっ!? も、もう……」
浅 葱:「ははっ、凛が先にやるからだよ」
(あっ……浅葱君が笑ってる)
浅 葱:「凛は仕返ししてしてこないの?」
凛 :「えっと……うん……する……よ……」
(浅葱君と海に来ている)
(どうしてだろう……)
(どうして……)
浅 葱:「凛……?」
(涙が零れ落ちるの……?)
浅 葱:「どうしたの? 凛」
凛 :「ご、ごめんなさい。塩水が沁みたのかな……」
急いで拭うけど、涙は止まらない。
浅 葱:「大丈夫?」
ごしごし拭うけど、やっぱり止まらない。
(どうしてだろう……)
凛 :「ごめんなさい……涙が止まらないの」
浅 葱:「凛……」
凛 :「浅葱君と海にいられる事が嬉しくて……ずっと、ずっと浅葱君とここに来たいと思ってた。やっとそれが叶ったって思ってしまうの」
浅 葱:「凛、泣かないで」
凛 :「ごめんなさい」
浅 葱:「大丈夫だよ、一回海から上がろう」
凛 :「うん」
浅葱君はそっと私の手を取って歩き出した。
(手、繋いでる……)
(えっ!?)
(な、何!? いきなり辺りが明るく……)
(…………っ!?)
???:「…………」
(えっ……!?)
凛 :「その姿……!」
(これが、本来の姿……?)
凛 :「……だけどね、本当は進学よりもやりたいことがあるの」
吟 :「やりたいこと? それは何か聞いてもいいかな」
(今こそ、吟さんに自分のやりたいことを伝えよう……)
凛 :「吟さん。私をぽんぽこりんで働かせてください、お願いします」
吟 :「…………」
(吟さん、何も言ってくれない)
凛 :「あのね、勉強したくないとか、住み慣れた村を出て行きたくないとか、そんなマイナスな理由じゃないの」
吟 :「…………」
凛 :「私がぽんぽこりんで働きたい理由は……」
凛 :「……ごめんなさい、嘘ついた。村はできれば、出て行きたくないなって思ってる。吟さん達と一緒にいたい」
凛 :「逃げかもしれないけど、本音はこっち」
凛 :「私、紅葉村が好きだし、紅葉村にいる人もあやかしも大好きなの」
凛 :「だから、大好きな人達を笑顔にしたいと思うし、大好きな人達の笑顔を見ていたいって思う」
凛 :「それに私、料理が好き。私を幸せにしてくれた料理が、周りの人を幸せにすることの出来る料理が大好き」
凛 :「だから、ぽんぽこりんで働きたいってそう思ってます」
吟 :「そっか……」
凛 :「お願いします! 私を、ぽんぽこりんで働かせてください!」
吟 :「凛ちゃん、それは駄目だよ」
凛 :「えっ、どうして……」
(なんで笑って、そういうこと言うの?)
吟 :「君がそう思ってくれていることはとっても嬉しいよ」
吟 :「だけど、すぐにぽんぽこりんで、というのは駄目だよ」
凛 :「じゃあ、すぐじゃなければいいの?」
吟 :「僕も君と料理することが好きだからね」
吟 :「でも一度外に出て、いろんな世界を知っておいで」
吟 :「紅葉村にいると、どうしても狭い範囲でしか知れないから」
凛 :「けど」
吟 :「そんな顔しないの。僕だって、初めからここにいたわけじゃないよ?」
吟 :「料理の基礎は全部スミさんから教わったけれど、長い間あちこちで、いろんな人間を見てきたんだ」
吟 :「人によって、おいしいと感じるものは違う。もしかしたら、嬉しいと思うことも、幸せの定義も違うかもしれない」
吟 :「もちろん、あやかしだって同じだよ。それはわかる?」
凛 :「……うん」
吟 :「それをたくさん知ってるかどうかで、君のこれからは大きく違ったものになると思う」
吟 :「例えば、進学するんだったら都会には料理の専門科がある大学だってあるだろうし」
吟 :「何だったら留学なんかもして、日本食以外にも触れてみると料理の幅が広がって楽しいんじゃないかな」
吟 :「もちろん、まったく関係ない学問に進むのもありだと思うよ」
凛 :「そうだよね。確かに、選択肢はたくさんあるね」
吟 :「そうだよ。君は頑張り屋さんで、優しい子だ」