Special

早坂静流 birthday short story

「わ、わわっ、も〜どうして、起こしてくれなかったの〜」
「起こしたよ、3度は。でも、静流気持ちよさそうに寝てたから。
 それに、今日は特別な日だから、サービスしようかと……」
「そんなサービス、いらないよ〜。でも……気持ちは、ありがとう」
いつもより20分遅い時間に、家を出る。
(今日は、遅刻……ぎりぎり、かな?)
「どういたしまして。あっ、それから……、静流、誕生日おめでとう」
「ありがとう。それじゃあ、行って来るね」
「うん。行ってらっしゃい」
ソラに見送られ、家を出る。
もうかれこれ数年はこの生活が続いている。
両親を亡くし、親戚に見捨てられても、ソラがいるから寂しさは感じない。
いつもは歩いて通る道を、今日は息を切らせながら走っている。
よりにもよってこんな日に……。

5月11日——、今日は僕の誕生日だ。

13歳で死ぬ予定だった僕は、ソラに死神の魂を分け与えてもらい生きながらえたおかげで、高校2年生になっていた。

* * * * *

「……はっ、はぁ……間に、あった……」
「おっ、今日の主役が遅れて登場したぞ!」
「静流、誕生日おめでとう」
「静流君、お誕生日おめでとう!!」
「あ、ありがとう……」
教室に入ると、口々に祝福される。
皆の気持ちに感謝しながら、席に向かう。
途中、彼女と目が合った。
「……」
「っ! ……」
そっと微笑み返す僕に対し、彼女はぱっと顔を逸らしてしまう。

(やっぱり嫌われてるのかな……)

彼女と同じクラスになって、話せるようになるかな、なんて期待していたけど、
その期待は見事に砕け、僕は未だに彼女と3言以上の会話をした事がない。

(落ち込みそうになるけど、彼女と同じクラスになれただけでも感謝しないとね)

席に座り、授業の準備を整えると、タイミングよく先生が教室に入って来たのを見て、ホッと一息つき、先生の声に耳を傾けた。

* * * * *

今日はどこにいても、お祝いの言葉をかけてもらった。
教室内で、移動中の廊下で、昼食をとるために行った食堂で、笑顔と共に贈られる『おめでとう』の言葉。
その言葉を受け取る度に、罪悪感を感じてしまうのは、僕が誰かの犠牲の上で生きているから。
『おめでとう』を言われる度に、嬉しさと、悲しさが僕の胸の中を覆い尽くす。
でも、この気持ちを受け入れていこうと思った。

「あ、あの……」
帰る支度を整え、立ち上がろうとした時、ふいに声をかけられた。
この声は、彼女だ。
「ん? どうしたの?」
手が微かに震える。
いつになったら彼女と話す事に慣れられるんだろう。
「その……」
口を金魚のようにぱくぱくと開き、何かを言いたげにしている。
表情もまた、金魚のようにまっ赤だった。
(僕、何かしたかな……)
いくら記憶を辿ってみても、思い当たる節はない。
こういう時は焦らせてはいけないと思い、彼女の言葉を待つ。
彼女と共有できる時間があるなら、こうして向き合っているだけでも嬉しくなってしまう。
困っているのか、髪を耳にかける仕草が可愛らしいなんて考えていると、意を決したように、彼女の愛らしい瞳が僕を捉えた。
「お誕生日、おめでとう……」
「えっ……」
一瞬、鼓膜を振るわせた振動が持つ意味を理解出来ずに戸惑う。
まさか、彼女に誕生日を祝ってもらえるとは思わなかったのだ。
「あ、ありがとう……」
じんわりと頬が熱を帯びて、鼓動が早くなる。
「それだけ言いたくて。呼び止めてしまって……ごめんなさいっ!」
それだけ言い切ると、彼女は振り返り、走り出してしまった。
「あっ……行っちゃった」
(もう少し、話したかった……な)
そんな寂しさを覚えるものの、それ以上に……強い喜びが僕の胸を満たす。
彼女のたった一言に、僕の心臓はいつもより速く鼓動を刻む。
ドキドキして、少し痛いくらいだ……。
「おっ、静流が照れてる?」
「静流? おーい、静流さーん」
ぼんやりしている僕の耳に、通りすがったクラスメイト達の呼び声が届くまで、しばらくの時間がかかった。

* * * * *

その後、友人に誘われ近くのカフェで、お祝いしてもらった。
けど、僕はいつまでも彼女のことを考えていた。
早く、ソラに伝えたい、そんな事を思いながら——。

* * * * *

「ねぇ、ソラ! 聞いて!」
「ん? どうしたの?」
「今日ね……今日……」
「身体によくないよ。落ち着いて」
「うん……」
ソラは優しい。どんな時でも僕を落ち着かせて、呼吸が整うのを待ってくれる。
深呼吸をして、落ち着きを取り戻すとソラが笑った。
「それで、どうしたの?」
「彼女が、彼女がね……」
今日起きた出来事をソラに話して聞かせる。
彼女が僕の誕生日を祝ってくれたことを、ソラに聞いて欲しい。きっと喜んでくれるはずだから。
「そう、よかったね。嬉しかったのが伝わってくるよ」
「うん。嬉しかった。すごく、嬉しかった。たった一言なのに、すごいプレゼントをもらった気分だよ」
「そうだね。最高のプレゼントだ」
思った通り、ソラは自分の事のように喜んでくれる。
彼女からもらったプレゼントだけでも満足だけど、もう一つ、僕は欲しいものがある。
「ねぇ、ソラ……」
「なに?」
「歌って。今年も歌ってくれるんでしょ?」
「ああ。いいよ。今でもいい?」
「うん。今、聴きたいんだ」
ソラは、『我儘だな』なんて、困ったように笑いながら、息を吸った。
「〜〜……♪」
そして、次にソラの口からあふれ出すのは、祝福の歌。僕が大好きなバースデーソング、だ。
一音だって取り逃さないように、耳を傾ける。

この先、あと何回、この歌を聴けるんだろう。
もしかしたら、これが最後になるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
どっちだっていいね。先の見えない未来より、手の届く今を大切にしたい。

ありがとう……ソラも、彼女も。

どんな罪を犯しても、生きたいと願って……良かった。

罪を犯した分だけ、僕は生きるよ。
この命が尽きるその日まで——。

先頭に戻る