【芹】「嫌がること、って言うけどさ。
お前は本当に嫌だったのか? 朔良とのキスが」
【仁菜】「……え?」
芹君の雰囲気が、ほんの少し変わった気がして、
わたしは戸惑う。
見ると、芹君の口元には、
なんだか含みのある笑みが浮かんでいた。
【芹】「ホントは、少しは嬉しいって思ってたんじゃないのか?」
【仁菜】「……何を言ってるの? 芹君……」
質問の意図がわからず、わたしは顔をしかめる。
すると……
【芹】「……」
(――え?)
芹君に引き寄せられたかと思ったら……
気付けばわたしの唇には、
芹君のそれが押し当てられていた。
(なん、で……?)
わたしは茫然と、芹君の顔を見返した。
にやにやと、意地の悪い笑いを浮かべた芹君の顔を。
【芹】「朔良のと、どっちが良かった?
朔良の方が良かっただろ?」
【仁菜】「なに……が……」
【芹】「キスの味だよ」
芹君の親指が、ぐいっとわたしの唇に押し当てられる。
【芹】「憧れのバンドのギターヴォーカル様に
女として求められて、心のどこかでは喜んでたんだろ?
正直になれよ」
【仁菜】「な……っ!?」
何を言っているのか、意味がわからない。
状況を整理したくても、頭が混乱してうまくいかない。
【仁菜】「やめて、芹君……変なことを言わないで!
わたしは……!」
【芹】「だから、そんな清純ぶらなくていいっての」
逃げたいのに、腰をしっかりと
芹君の腕で抱え込まれてしまって、身動きが取れない。
【仁菜】「芹君……!? 一体、どうしたの……!?」
【芹】「……ふっ……。ははっ……」
【仁菜】「……芹、君?」
芹君は、何が楽しいのか、突然おかしそうに笑い出す。
当惑するわたしの頬を、芹君は片手で撫でていく。
【芹】「……お前って、ホントどこまでもバカだよな。
そばで見てて、何度噴き出しそうになったか
わからないよ」