【玲音】「才能ないわ……」

思いがけない玲音の言葉に、思わず息を呑んだ。

【理緒】「どうしてそう思うの……?」

弱音を吐く事すら珍しい玲音の、完全な『絶望』の言葉を受け止めて、問いかけると、
玲音は、私を虚ろな目で見つめて薄く笑った。

温度のない笑顔が、今の玲音の気持ちを表しているかと思うと、
胸がぎゅっと締めつけられた。

【玲音】「何曲作っても……納得できないんだよ。オレの、欲しい音楽が出てこない」

【理緒】「玲音……」

【玲音】「こんな曲じゃ、レヴァフェは……デビューなんて出来ねえよ!!」

荒々しく叫び、玲音は机の上の機材に飛びついた。

【理緒】「ちょっと、玲音!?」

その衝動でヘッドフォンが外れたらしく、メロディが流れてくる。そのどれもが素敵なメロディなのに、玲音の顔は苦痛に歪む。

【玲音】「どうして……どうして! どうしてだよ!!
なんで何も出てこないんだ!!!」

叫び、玲音は机を叩く。

腹立たしげに彼はヘッドフォンを投げると、今度はそのまま、思いきり、壁を殴り始めた。

何度も何度も壁を殴り続ける、その痛々しい姿に、私は慌てて玲音に抱きついた。

【理緒】「やめて、玲音! 手が傷ついちゃう!」

【玲音】「どうでもいいんだよ、そんな事!!
曲一つ作れないんだ! 才能なさすぎだろ!! くっそ!」

強い力で振り払われそうになるけど、グッと堪え、玲音にしがみつく。

【理緒】「そんな事ない! 絶対にそんな事ない! 玲音には才能があるよ!
そんな事言わないでよ玲音!!」

尚も壁を殴ろうとする手を、力いっぱい掴む。

【理緒】「お願いだからやめて!! 玲音!!」

【玲音】「離せよ」

【理緒】「嫌! 離したらまた自分を痛めつけるでしょ。
だから、絶対に離さない!」

すると、玲音は渇いた笑いをこぼした。

【玲音】「……どうしても、離さないのか?」

玲音の暗い瞳が、私を捉える。

鈍い光が宿る虚ろな眼差しに、怖気づきそうになるけど、玲音から逃げたくないから頷く。

【理緒】「離さないよ! 絶対に離さない!」

すると、玲音は唇を吊り上げて、いやらしく目を細めた。

【玲音】「だったら……」

【理緒】「えっ……」

視界が、ぐるりと反転する。

【理緒】「きゃっ!?」

すぐに、背中に柔らかいものが触れて――。

ベッドに押し倒されたと気づいたのは、彼が私の上に乗り、組み敷いてきた時だった。

【理緒】「ちょ、ちょっと、玲音……っ!」

【玲音】「絶対に、離さないんだよな? なあ……理緒」

【理緒】「玲音……?」

囁きながら、玲音は私の首元に顔を埋めると、チロリと、舌を這わせた。

【理緒】「えっ……」

首筋を舐められたんだと気づくと同時に、ちゅ、と濡れた音が部屋に響いた。

【理緒】「ひゃんっ」

今まで感じた事がない感触に驚いて、思わず変な声が出てしまう。

慌てて両手で口を押えるけど、玲音は私の反応を見るとニヤリと笑って、更に私の反応を楽しむように舌を這わせては吸いつくようなキスを繰り返す。

【理緒】「ぁんっ……」

私の目の前にいるのは、『幼なじみの玲音』ではなく、『男の玲音』だった。

【理緒】「待って、玲音! 玲音……!!」

呼びかけても、玲音はやめようとしない。

玲音は私を強く掻き抱いて、唇を押しつけて、乱暴なしぐさでキスを繰り返す。

【理緒】「ねぇ、玲音……」

懇願するように呼びかけても、玲音は私の声に耳を貸してくれない。

ゾクゾクと競りあがってくる、正体不明の感覚に恐怖を感じていると……。

【理緒】「……っ!」

首筋を甘噛みされて、チリッとした痛みを感じる。

【理緒】「れお……」

力なく顔をあげると、冷たい笑顔を浮かべた玲音が挑発するような視線で私を見下ろしていた。

【玲音】「……逃げねーの?」

そう言いながらまた、ちろりと、首筋を舐められた。

【理緒】「んんっ……」

何とか堪えようとする私の首筋を玲音の吐息が撫でる。
今まで感じた事のない感覚に、意識とは裏腹に身体が震えていた。

(怖い。逃げたい……)

(でも……)

(ここで逃げたら、また玲音を失ってしまう気がする。
今度こそ手の届かないところへ行ってしまいそう)

あの日の記憶が一瞬にして蘇る。

あの夏の日、私は一度玲音を失った。
たくさん泣いたし、たくさん後悔した。

そして、心に決めたんだ。

二度と、玲音から逃げないって――。

(あの時みたいな後悔は、もう二度としたくない。あんな思いはもうたくさんだから……)

【理緒】「絶対に逃げないよ!」

【玲音】「……なぁ、逃げろよ」

嘲笑うような玲音の冷たい声に、私は――。

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