YORITO Birthday Story 前編
『かけがえのないメンバー 前編』
――10月某日、依都の部屋。
【依都】
「んー……」
【依都】
(今、何時……?)
【依都】
(時計……なんだ、まだ昼過ぎじゃん。もう少し寝てても良かったかも)
【依都】
(あーでも今日は、夕方からラジオ収録があるってマネージャーが言ってたっけ)
【依都】
(その後は打ち合わせ……)
【依都】
(二度寝は魅力的だけど、マネージャーに毎回オレを起こしにこさせるのは可哀想だし、たまには起きてあげよっかな)
【依都】
「ふわ…………ん?」
【依都】
(なんだ?なんか今、喉に引っかかるような感じがあったような……)
【依都】
「んんっ!んー……あー……」
【依都】
「……声は出る、か」
【依都】
(けど、この感覚……前にも……)
【依都】
(KYOHSO結成10周年記念ツアーの前――)
+++
【依都】
あの時のオレは少し意地になり過ぎていた。
【依都】
あの男を見返してやる!なんてガキみたいなこと思って、必死に練習したツケが回った。
【依都】
「……っ!」
【依都】
ライブツアー1週間前のその日、オレの一番大切なものが奪われた。
【依都】
「っ、は…………っ!」
【依都】
太陽の光が、眩しいくらい外から差し込んできて、部屋はキラキラ輝いていた。
【依都】
なのにオレだけが、まるで深海に沈められたようで……。
【依都】
「……っ、そ…………クッ……!」
【依都】
だけど、どんなにあがいても、声が出ることはなかった。
+++
【依都】
「っ!」
【依都】
(今でも、あの時のことを思い出すと震えるとか……トラウマってやつかな)
【依都】
(あの後、マネージャーにメールしてうちに来てもらって、病院付き添ってもらったり、大変だったよね)
【依都】
「……」
【依都】
(いやいや、まさか……あんな無茶もうしてないし、マネージャーにも言われて、あれ以降もケアはしてる)
【依都】
(なのに急に声が出なくなるとか、ないでしょ)
【依都】
「はは、は……」
【依都】
(何弱気になってんの、オレ。こんなの、らしくないだろ……!)
【依都】
「っ!驚いた……この振動って」
【依都】
「電話……?」
【依都】
(そういえば、声が出せなくなったあの日も、マネージャーから電話がかかってきたよな……)
【依都】
(まるであの日のリフレイン――)
【依都】
「いや!そんなことあるわけないじゃん!」
【依都】
「はーい、もしもーし」
【篠宗】
『おお、やっと出たか!』
【依都】
「篠?」
【依都】
(ほら、やっぱりあの時とは違う)
【依都】
「どうしたの、こんな朝から」
【篠宗】
『今日はラジオ収録だからな。お前が寝坊しないよう電話したんだ』
【依都】
「篠は心配しすぎ。だ~いじょうぶだって。さっきから起きてたしね~」
【篠宗】
『そうなのか。依都も成長したな』
【依都】
「15周年、20周年目指して走ってるからね~。ってことだから、心配しないでよ」
【篠宗】
『じゃあ、迎えに行ってやる。その間に着替えを済ませておくんだぞ?じゃあな!』
【依都】
「はいは~い……っと」
【依都】
「相変わらず篠って面倒見いいよね~。助かるけど」
【依都】
「……んんっ」
【依都】
(声は出る……けど、やっぱり喉に違和感があるんだよね)
【依都】
「……今日は、しっかり喉をケアしておくか」
***
ーー都内ラジオ局ブース内。
【時明】
「YUUは相変わらずクールだね。でも、ラジオを聴いているクレドに、もうちょっと優しくてもいいんじゃないかな?」
【依都】
「そーそー。せっかくの『クレドのお願い叶えまSHOW』のコーナーなんだからさ~」
【優】
「……オレはオレの好きなようにやる」
【依都】
「ははっ、またYUUが猫かぶってる~。クレドのみんな、YUUに騙されちゃだめだよ~?」
【優】
「おいYORITO……」
【時明】
「ふふっ、残念だったね。今回はYUUの口説き文句を聞けないようだよ」
【時明】
「じゃあ、次のハガキを読んでいこうか。次は、クレイジーネーム――」
【依都】
「その子、いつもハガキくれる子じゃん。ありがとね~」
【時明】
「ふふっ、この子もYORITOに覚えてもらえて嬉しいと思うよ」
【時明】
「だってこの子のお願いは、“YORITOさんにアカペラで何か歌ってほしい”だからね」
【依都】
「え……」
【時明】
「……?」
【依都】
「っと……ラジオ越しのオレの歌で満足なの?それに、どうせならTOKIHARU達の音も欲しいでしょ?」
【篠宗】
「それだけ、YORITOの歌声が好きだということじゃないのか?」
【依都】
「ふ~ん。だったら、もっと上手におねだりしてくれなきゃ、歌わな~い。オレの生歌が聴きたければライブにおいで」
【依都】
「なんなら、耳元で囁――」
【優】
「YORITO。さっきと言っていることが矛盾してる」
【篠宗】
「いつもならサービスして歌うのに、珍しいな」
【依都】
「オレの可愛いピラニアちゃんにいっつもエサあげたんじゃ、甘えちゃうからね」
【時明】
「だ、そうだよ。こっちもお願いは叶わなかったね。さて、『クレドのお願い叶えまSHOW』はこれまで」
【時明】
「次は……普通のお便りのコーナーなんだけど、今回はYORITOをお祝いするコーナーになりそうだね」
【優】
「YORITOへのバースデーレターが山のように来てる」
【時明】
「そうなんだよ。YORITO、愛されてるね」
【依都】
「まあね。事務所にも手紙がたくさん届いてたし……みんな、ありがとね~」
【時明】
「…………」
***
【ラジオスタッフ】
「お疲れ様でした!」
【依都】
「はい、お疲れ~」
【時明】
「依都、次の仕事なんだけど……」
【???】
「あ!KYOHSO大先輩じゃないですか!」
【依都】
「芹じゃん。なになに?そっちも収録?」
【芹】
「いや、打ち合わせです。だから俺ひとりなんですよねー」
【芹】
「あ、そうだ。そんなことより依都さん、この前話してた依都さんの誕生日パーティー!」
【芹】
「親戚で、レストラン経営してる人がいるんで聞いてみたら、ちょうど空いてるって言ってくれたんで、予約しちゃいました!」
【芹】
「なんで、当日は空けておいてくださいよ。主役がいないんじゃ意味ないですからね」
【依都】
「え~?そんな話したっけ?」
【芹】
「忘れたんですか!?昨日の飲み会であんなに盛り上がったのに!?」
【依都】
「あはは!嘘だよ、覚えてるって」
【芹】
「も~相変わらず依都さん、冗談キツイんですから」
【芹】
「それにしても、昨日はちょっと飲み過ぎましたね。俺、もう少しで二日酔いになるところでしたよ」
【依都】
「ははは!まだまだだね~芹は」
【芹】
「ははは、精進します」
【芹】
「あ、じゃあ俺はそろそろ次の現場あるんで。またハルに怒られないうちに行きますね」
【依都】
「それは、早く行ってやらないとね」
【芹】
「はい。失礼しまーす!」
【依都】
「気をつけろよ~」
【時明】
「…………」
***
――移動のタクシー内にて。
【時明】
「運転手さん、お願いします。行き先は――」
【依都】
(なんとか収録は無事に乗り切った……けど、相変わらず喉の調子は良くないな)
【時明】
「ねぇ、依都」
【依都】
「何?オレ、ちょっと寝ようかと思ったんだけど」
【時明】
「声、出にくいんじゃない?」
【依都】
「っ!?」
【依都】
「……ははは。他の人は騙せても、やっぱり時明には気づかれちゃうんだね~」
【時明】
「病院、行ってないんだよね?仕事が終わってからでもいいから、行ったほうがいいよ」
【依都】
「いいって。確かに喉に違和感はあるけど、こうしてフツーに喋れてるし、大したことないでしょ」
【時明】
「そんなこと言ってるけど、本当は怖いんでしょ?今度こそ喉の病気なんじゃないかって」
【時明】
「不安で仕方がないのにそれを必死で隠そうとしてる。違う?」
【依都】
「……時明のそういう勘の鋭いところ、嫌いだわ」
【時明】
「ふふっ、ありがとう」
【時明】
「……ねえ依都。病気なら早く治してもらったほうがいい。それに何もないなら、安心出来るでしょ」
【依都】
「……」
【時明】
「……大人になったと思ったけど、そういうところは相変わらず子どもだね」
【時明】
「明日、朝一で病院に引きずっていくから」
【依都】
「は?」
【時明】
「俺の助手席に乗せてあげるんだから、寝ぼけた顔してたら承知しないよ」
【時明】
「あ、運転手さん。ここでひとり降ります。じゃあね、依都。明日はちゃんと起きようね」
【依都】
「時明って相変わらず、強引だよ……」
【依都】
「病院、ね……」
【依都】
(時明の言いたいことはわかるけど、どうしても、あの時のことを思い出しちゃうんだよね……)
+++
【依都】
「……は……っ!」
【依都】
声が出せない……つまり、歌えないってことは、命を削られたのと同じくらいの痛みを伴った。
【依都】
「……ん、で……こ、ぇ……で……ッ!」
【依都】
声を出そうと思っても、出てくるのは、無残にかすれた声だけ。
【依都】
(ライブツアーまであと1週間……もし治らなかったら?そうしたら、オレはどうなる?KYOHSOは……)
【依都】
「っぁ……っ……!!!」
+++
【依都】
(もう二度とあんな思いはしたくない。でも、このままじゃ……)
***
――翌日、病院にて。
【時明】
「そろそろ呼ばれるんじゃないかな?」
【依都】
「……」
【時明】
「依都、そんなに病院は嫌だった?」
【依都】
「嫌っていうか、合鍵使って不法侵入されたせいで、寝不足なんだよねぇ~」
【時明】
「ごめんね。だって依都、俺が来たって知ったら居留守使いそうだったから」
【依都】
「オレの意思を無視して無理やり病院に連れていくような男が来たら、そりゃ居留守も使いたくなるでしょ」
【時明】
「ひどい言われようだね。まあ、正解だけど」
【時明】
「でも、これはKYOHSOのリーダーとしての判断だから。同じメンバーとして、従ってもらう」
【時明】
「……なんてね。本当は、友人として心配なんだよ」
【依都】
「そういう時だけ友達面するの、ズルくない?」
【時明】
「あれ?俺達、友達じゃなかったんだ?」
【依都】
「悪友でしょ」
【時明】
「ふふっ……そうだったね」
【看護師】
「115番の方。7番の診察室にお入りください」
【依都】
「あ、オレだ。じゃあ、ちょっと行ってくる」
【時明】
「いってらっしゃい。ここで、待ってるよ」
【依都】
「サンキュー」
***
【依都】
「おまたせ」
【時明】
「結構かかったね」
【依都】
「一応、レントゲン撮影があったからね」
【時明】
「それで……どうだった?」
【依都】
「……」
【時明】
「……」
【依都】
「ごめん、時明――」
後編へ続く