【つむぎ】「はあ?」
【理緒】「百瀬君、私が水かけた事を怒ってるんだよね。だから、キスしろなんて……」
【理緒】「あの時はカッとなって、私も……失礼な事をしたと思ってる」
【理緒】「でも、本当に玲音達は一生懸命で……だからこそ、百瀬君のベースがあのバンドに必要なの!」
百瀬君は話の途中で、深いため息をついた。
【つむぎ】「なんだそれ……」
【つむぎ】「あのさ……あんたどうしてそんなに俺にあのバンドに入って欲しいわけ?
理緒にメリットないじゃん」
【つむぎ】「理緒、メンバーじゃないんだし……そこまでする意味、分かんねー」
【理緒】「メンバーではない、けど……」
言いながら、私は3人が演奏している姿を思い出す。
スポットライトなんてなくても、私の目には3人とも星より眩しく輝いて見えた。
その顔は楽しそうで、見ているこっちの心まで浮足立ってしまう。何より3人が奏でる音楽は、私の胸を震わせた。
あそこに百瀬君のベースが加わったら……きっと今以上に素敵な音楽になる。
【理緒】「私は、彼らのあのバンドがどこまでやれるのか、どんな音楽をするのか……
それをそばで見てみたいの」
【つむぎ】「まだ名前もないバンドに、何期待してんの?」
【理緒】「そうだね。でも、そんなの問題じゃないよ。
玲音は昔から有言実行する人だったから、きっと今度も夢を叶えてくれる」
【理緒】「最高の音楽をステージで聴かせてくれると思う。
……きっとすごい事になるよ」
【つむぎ】「……何それ。理緒さ、あの玲音ってヤツに惚れてるの?」
【理緒】「えっ……? 私が……」
(玲音に惚れている……?)
百瀬君の問いに、言葉が一瞬つまる。
確かに私と玲音は付き合っていた時期もあったけど……
とても短い期間だし、自然消滅という形で終わっている。
(もう私と玲音は終わってる……)
(惚れている、わけじゃない。そもそも、私達は好きだからって理由で付き合ったわけでもなかった)
(きっと玲音も……)
【理緒】「……そう言うんじゃなくて、玲音は私の大切な幼なじみで、今はクラスメイトなだけだよ」
【つむぎ】「へえ……」
百瀬君は意地悪そうな笑みを浮かべると、顔を近づけてきた。
【理緒】「えっ……」
【つむぎ】「だったらいいよね」
何か不穏な気配を感じて逃げようとしたけど、百瀬君の強い力で、引き寄せられてしまう。
身体がグラリと傾いて、前のめりに倒れそうになった。
【理緒】「……っ!」
(えっ……)
唇に、柔らかくぬるい感触。それは私の息を止めてしまった。
そして、目の前に広がるのは百瀬君の整った顔。
(百瀬君の顔が目の前、に……)
(どういう事……)
長いまつ毛の百瀬君から目を逸らせなくて、指先すら動かなくなってしまった。
その間も、唇からは熱いものが伝わってくる。
頭が真っ白になって、何を考えればいいのか分からない。
(……これは一体、何?)
呆然としていると、百瀬君の口が薄く開きぬるりとしたものが唇に触れる。
その瞬間、理解する。
(……私、キスされているんだ)