Photograph.

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    扉の付近に立ったまま、おそるおそる部屋の中を見回す。

    まず視界に飛び込んできた大きなベッドに圧倒されて、表情を無くした。

    (ら……ラブホテルってこういう部屋なんだ。詩央ちゃんのおかげで、知識だけはあったけど……)

    【朔良】「そんなとこに突っ立ってないで、さっさと入れよ」

    檜山さんはいつもと変わりない様子でなんのためらいもなく部屋に入り、わたしを見やる。

    【仁菜】「は、はい……」

    頷いて部屋の中に進んだものの、戸惑いは大きくなるばかりで……。

    入口の近くにあるソファの端にちょこんと座った。

    そんなわたしに、檜山さんが笑う。

    【朔良】「挙動不審」

    (うう……)

    【朔良】「こんな時間にこんな場所で泊まれるとこなんてラブホぐらいしかないんだよ。諦めろ」

    (あ、諦める……って、何を?)

    頭がうまく回らなくて、なんだかぐらぐらしてしまう。

    (も、もう、さっさと寝ちゃおう。その方がいい……!)

    【仁菜】「あ、あの、わたしはこのソファで寝るので檜山さんはそっちのベッドを使ってください! それじゃあ、おやすみなさいっ……!」

    早口で一息に言って、顔を伏せる。

    【朔良】「……ったく、しょうがねえなあ」

    そんなわたしに、呆れたように息をついて歩み寄ってくる檜山さん。

    そして……

    【仁菜】「きゃっ!?」

    彼の硬い腕に、軽々と抱き上げられてしまった。

    息がかかるほど近くに檜山さんの顔があって、わたしの頬は一気に熱くなる。

    【仁菜】「ひ、檜山さん……!?」

    【朔良】「ダブルベッドなんだから、余裕で2人寝れるっつの」

    【仁菜】「で、でも……!」

    あわてて身をよじる抵抗もむなしく、ベッドにポンと身体を下ろされた。

    そして檜山さんは、わたしの隣にゆっくりと身体を横たえる。

    【仁菜】「……っ!」

    【朔良】「なんもしねえよ。だから落ち着け」

    【仁菜】「は、はい……」

    【朔良】「つーか、なんでそんなにテンパってんの? 今更だろ」

    【仁菜】「その……わ、わたし、こういう所は初めてで……」

    【朔良】「……そっか」

    檜山さんは僅かに目を見開き、それから視線を逸らせて頷いた。

    【朔良】「まあ……うん。良かった」

    (……? 『良かった』って、何がだろう?)

    【仁菜】「あの、檜山さ……、っ!?」

    ふいに腕を引かれ、檜山さんとの距離が縮まる。

    【朔良】「だーから、そんなビクビクすんなって」

    【仁菜】「だ、だって……」

    【朔良】「あんたと、こうしていたいんだ。悪いけど付き合って」

    そう囁いて、わたしの頬を撫でる。

    今までの、わたしを求める冷たい手とは違う。

    あたたかくて優しい、慈しむような動作に、強張っていた心が次第に落ち着きを取り戻していく。

    (……でも、顔を合わせるのは恥ずかしい……)

    戸惑いながらうつむくと、ふっと笑う檜山さんの息遣いが聞こえる。

    (わたし、今、どんな顔をしているんだろう。きっと真っ赤になってる……)

    そんな自分を、こんな近い距離で檜山さんに見られているのだと思うと、ますますいたたまれない気持ちになる。

    どうしたらいいのかわからず困っていると、ふと檜山さんが口を開いた。

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    【千哉】「ずっとこもって楽曲制作をしてたので……人と話すのが、本当に久しぶりです」

    【千哉】「誰かの声が、こんなにあたたかいなんて……」

    【千哉】「……いえ。双海さんの声、だからでしょうか」

    くすり、と笑う珠洲乃君。

    優しい笑顔なのに、どこか心細そうな微笑み。

    冷たく、人を拒絶するような仮面の奥にはこんなにも繊細で、頑張り屋の男の子がいた。

    彼の正体に、わたしの胸から例えようのない感情が広がっていく。

    (……珠洲乃君を助けたい。力になりたい……)

    もう、何度唱えたかわからない、その願い。

    友達とか、そういう関係を越えて。ただ……この優しくて儚い男の子のことを、守りたい。

    それは、今まで生きてきた中で、他の誰にも抱いたことのない気持ちだった。

    この感情の正体に、わたしはなんとなく気付いている。

    でも、今は……自分の感情を探るよりも、大切なことがある。

    【仁菜】「……よく頑張ったね。珠洲乃君」

    言葉を告げ、そっと珠洲乃君の髪を撫でる。

    すると、彼はくしゃりと表情を崩して……

    (あ……)

    【千哉】「…………」

    わたしの身体を、そっと引き寄せた。

    まるで壊れ物を扱うような、優しい手つき。それなのに、引き寄せる手には力がこもっている。

    わたしは、珠洲乃君にされるがままだった。

    【千哉】「…………本当、は」

    珠洲乃君の、悲しみに満ちた声が降ってくる。

    【千哉】「本当は、怖かったんです。初めて朔良以外のために曲を作ることが。プレッシャーに、負けそうになっていた……」

    【千哉】「自分の力量のなさに幻滅していて、ずっと心細かった。夢を見ることすら、おこがましいんじゃないかって思えてきて……」

    【千哉】「でも……そんな時、双海さんのことを考えると、ほっとしたんです」

    【千哉】「あなたの言葉を……『諦めるな』って言ってくれた言葉を思い出して、勇気づけられていたんだ」

    紡がれる告白。

    珠洲乃君は顔を隠そうとするかのように、わたしに更に身を寄せる。

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    【仁菜】「いや、芹く……っ!」

    【芹】「抗うなよ。俺達は、『トモダチ』から『恋人』になったんだからさ」

    【仁菜】「そんなの、どっちも芹君の嘘じゃない……っ!」

    【芹】「はいはい、黙ってろって。お前みたいなバカ正直は、おとなしく、騙され続けていればいいんだよ」

    【芹】「そうしたら……せいぜい、大事にしてやるからさ」

    【仁菜】「大事に、って……」

    【芹】「……愛してる」

    【仁菜】「……っ!?」

    【芹】「愛してるよ、仁菜」

    【仁菜】「い、いや……、っ!?」

    【芹】「…………」

    唇へのキス。

    舌を使って、唇を押し割るような……強引で、だけど甘い……そんなキス。

    (このキスも、愛の言葉も、みんな嘘。何もかも……)

    (彼とわたしの間に『真実』なんて……ひとつも存在しない)

    (それなのに……)

    わたしの服に芹君が手をかけた。

    ゆっくりと、服を脱がされていく。

    【芹】「大好きだよ、仁菜」

    【仁菜】「――……っ」

    彼の優しい言葉に、抵抗が出来ない。

    ぽっかりと空いていた心の穴を、芹君の言葉の数々が、甘く満たしていく。

    額に、頬に、首元に……芹君は何度もキスをした。

    ゆっくりと髪をかき乱され、何も考えられなくなる。

    初めての時とはまったく違う、優しくて、まるで本当の『恋人』にするようなその行為。

    (嫌……)

    (もう、こんなの嫌なのに)

    (…………わたし、は……)

    甘い熱に身体も心も浮かされ、理性を失っていく。

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    寝返りを打って背を向けると、ハル君とぐっと距離が近付く気配がした。

    ハル君に優しく抱きしめられ、わたしの心臓が大きな音を立てる。

    (ハル君は女友達なのに……どうしてわたし、こんなにドキドキしてるの?)

    いつもは感じない胸の高鳴りに戸惑い、うろたえてしまう。

    (な、何か気を紛らわさなくちゃ。ドキドキしてるのがハル君にバレたら、恥ずかしい……)

    【仁菜】「す、珠洲乃君は今頃、曲作りの最中かな?」

    【宗太郎】「そうねえ。きっとキーボードを前にして、難しい顔をしていそうね」

    【仁菜】「そっか……」

    眉間に皺を寄せながら、曲作りに奮闘している珠洲乃君の様子を思い浮かべる。

    (調子はどうかな……)

    Liar-Sのために頑張っている珠洲乃君のことを考えると、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。

    【仁菜】「珠洲乃君がそれだけ頑張ってるってこと、檜山さんに伝えられたらいいんだけど……。相変わらず見つからないの」

    【仁菜】「檜山さんが歌ってくれれば、芹君の心配事も少しは減ると思うのに……」

    【宗太郎】「仁菜ちゃんの言う通りね。またみんな笑顔で演奏できるようになるといいんだけど。今のままじゃ……」

    【仁菜】「あ……ごめんなさい、ハル君を不安にさせるようなことを言って……」

    【宗太郎】「あなたが謝ることじゃないわ。私も気になってたから。やっぱりみんなには、もう一度、あの頃のように楽しく演奏してほしいの」

    【宗太郎】「Liar-Sは、ひとりぼっちの私のとても大切な居場所だから……失くしたくない」

    ハル君の切実な声が、わたしの胸にも響く。

    (居場所、か……。ハル君は前にも、Liar-Sのことをそう表現していたっけ)

    (あの時は、本当にLiar-Sが好きなんだな、としか思っていなかったけど……)

    (ハル君は、お父さんを亡くして、お母さんとは簡単には会えないって言ってた)

    (そんな風に家族と離れて暮らしているハル君は、Liar-Sのことを家族のように思っているのかもしれない)

    (だけど今は、その大切なLiar-Sっていう居場所が壊れかけてる……)

    (その恐怖を、ハル君は『王子様候補』との恋人ごっこで紛らわせようとしているのかな?)

    ならそれは、とても寂しいことだな……と、わたしは自分のことのように胸が痛んだ。

    (ハル君がこうしてわたしを抱きしめるのも、そういう理由なのかも。人肌に触れて、安心したいから……)

    (……なんて、全部わたしの憶測にすぎないけれど)

    (でも……)

  • Sakura ENCORE scenario

    朔良君は、わたしが作ったお弁当を綺麗に全部食べてくれた。

    【朔良】「マジでうまかったよ。サンキュな」

    【仁菜】「ううん。朔良君が喜んでくれて良かった」

    空のお弁当箱を受け取ったわたしの胸に、幸福感が染み渡っていく。

    【仁菜】「なんだかわたし、お弁当作りにハマっちゃいそう。また作ってくるね」

    約束すると、朔良君は嬉しそうに笑う。

    それから気持ち良さそうに空を見上げ、うーんと伸びをした。

    【朔良】「あー、すっげーいい気分。大学サイコーって感じだ」

    【仁菜】「ふふ、朔良君ってば」

    すると朔良君は、ゆっくりと身体を横に倒して、わたしの膝の上に頭を乗せた。

    【仁菜】「え? さ、朔良君……!?」

    【朔良】「腹一杯になったら、眠くなった」

    すでに閉じかかった目でわたしを見上げて、ふわあぁとあくびをする。

    【朔良】「次の講義まで、まだ時間あるだろ? それまでのんびりしようぜ」

    【仁菜】「の、のんびりって……でもここは家じゃないし、色んな人に見られちゃうから……!」

    (こんな所で堂々と膝枕っていうのは、さすがに良くないよ……!)

    周囲の視線が気になって、ビクビクしてしまう。

    けれど朔良君は、焦るわたしに構うことなく、気持ち良さそうに目を閉じた。

    【朔良】「別に、見られちゃっていいだろ。つーか、むしろ見せとけ」

    【仁菜】「朔良君……。もうっ……」

    あまりにも堂々とくつろぐその姿に、戸惑いのため息が漏れた。

    (でも……こうなっちゃったら、もう聞いてくれないよね)

    抵抗を諦めたわたしは、朔良君のふわふわの髪をそっと撫でる。

    すると、朔良君の口元にふにゃりと笑みが浮かんだ。

    (本当に自由で、猫さんみたいなんだから)

    ――その時、どこからかひそひそと声がした。

    【学生1】「くっ、ラブラブかよ……っ!」

    【学生2】「檜山の奴、どこまで幸せになれば気が済むんだ……」

    その嘆きは、背後を足早に通り過ぎて行った。

    【仁菜】「…………」

    (えっと……)

    すると朔良君が、わたしの膝の上でくすりと笑う。

    【朔良】「やっぱ面白れえな、ガッコ」

    【仁菜】「も、もう、朔良君ったら……」

  • Chiya ENCORE scenario

    【仁菜】「それじゃあ、ここで……。送ってくれてありがとう」

    【千哉】「いいえ。またデート、しましょうね」

    【仁菜】「うん! また千哉君と出かけたいな」

    【千哉】「僕もです。時間が空いたら必ず連絡しますから、待っていて下さいね」

    【仁菜】「楽しみに待ってるね。あ、でも……身体には気を付けてね。無理はしちゃダメだよ」

    【千哉】「わかっていますよ。あなたがいるのに、無茶をしたりはしません」

    【仁菜】「約束だよ?」

    すると、返事の代わりに、繋いでいた手を小さく引っ張られた。

    一歩近づけば、千哉君は照れくさそうに微笑む。

    【千哉】「約束します」

    【仁菜】「……うん。ありがとう」

    【千哉】「……」

    そして、そっとキスをする。約束の意味を込めて……。

    【千哉】「では、また」

    【仁菜】「気を付けて帰ってね」

    はい、と微笑む千哉君。

    そして彼はわたしから身を離すと、来た道を戻っていく。

    その背中が遠くなるまで、わたしは見守っていた。

    けれど――。

    (あれ……?)

    千哉君は歩きながらスマホを取り出し、操作している。

    普段なら「危ないからしちゃダメですよ」って注意をしてくれるくらいなのに。

    (仕事、本当に忙しいんだ……)

    そう思いながらも、わたしの中では何かが引っかかっていた。

  • Seri ENCORE scenario

    ホール内は、あっという間に観客でいっぱいになる。まだ開演時間ではないのに、そこには熱気が漂い始めていた。

    ドリンクを片手に、2人で壁に背をつけて並ぶ。

    すると芹君は、ステージを見つめながらおもむろに口を開いた。

    【芹】「2年前、S-leeperのライブでも、お前はここから俺達を見てくれてたんだよな」

    【仁菜】「……うん、そうだよ」

    改めてステージを眺めると、そこには2年前と同じ風景が広がっている。

    あの日はステージにいた芹君が、今はわたしの隣にいる。それは、なんだかとても不思議な感覚だった。

    【芹】「お前は、あの日がライブ初体験だったんだよな?」

    【仁菜】「うん、そうだよ。詩央ちゃんにライブハウスでのマナーを色々教えてもらいながら見てたの」

    【芹】「はは、マナーって。ホント、お嬢様が異世界に飛び込んじゃいました、って感じだよな」

    【仁菜】「もう、意地悪……。知らない場所できちんと振る舞えるようにって、わたしなりに頑張ってたんだよ」

    むくれてみせると、芹君は楽しそうに笑った。

    【芹】「あの日、お前がここにいなかったら……今の俺達もないんだろうな」

    【仁菜】「……そう、だね」

    そんな話をしながら、どちらからともなく距離を縮めた。少しでも動けば、肩が触れそうなほどに。

    【芹】「まだあの頃は、仁菜のこと苗字で呼んでたっけ」

    【仁菜】「うん、そうだったね。ライブが終わった後、突然、電話がかかってきて……」

    【芹】「あの時変なテンションだったろ? 早く仁菜を捕まえなきゃ、って、すげー必死だったからさ」

    【仁菜】「そうだったの?」

    【芹】「そうだよ、もうスゲー必死! ステージからお前の姿を見つけた時から、興奮でドキドキしっぱなしで……」

    【芹】「電話した時も、ちょっと手ぇ震えてたんだよ、実は。俺のこと忘れられてたらどうしよう、って。……まあ、案の定忘れられかけてたけど」

    【仁菜】「そ、それはごめんなさい……。でも、あの日打ち上げに誘ってくれて、本当に嬉しかった」

    【仁菜】「おかげでわたし、みんなに会えて……芹君にも再会出来たから」

    【芹】「そう思ってくれてるなら、嬉しいよ。……勇気出して良かった」

    【仁菜】「うん……。ありがとう、本当に……」

    心からの感謝を伝えると、芹君はふっとはにかんだ。

    (もう、そんな優しい顔をするなんて、ずるい……)

    胸が高鳴ってしまったのを悟られないよう、わたしはあわててステージの方を向いた。

  • Soutarou ENCORE scenario

    汗でしっとりとした肌が、宗太郎君の肌とぴったり重なり合う。

    そのぬくもりや感触に、わたしの心臓は大好きな音楽を聴いている時のように弾んでいた。

    【宗太郎】「そろそろ、お風呂入る?」

    【仁菜】「うん。でも、もう少しだけこのまま……」

    【宗太郎】「仁菜ちゃんは甘えんぼだね」

    【仁菜】「だって、宗太郎君とこうして過ごせるのは久しぶりだから……」

    宗太郎君は口元に笑みを湛え、わたしの身体を抱き寄せる。

    腕枕してくれるような体勢で、わたしは宗太郎君の胸に頬をすり寄せた。

    【宗太郎】「寂しい思いをさせて、ごめんね」

    【仁菜】「忙しいのはいいことだよ。それだけ、世間が本気のLiar-Sに夢中ってことだから。だから、大丈夫」

    【仁菜】「でも……恋人としては、もう少しだけ一緒に過ごせたらいいなあって思っちゃうの……」

    宗太郎君は、わたしの額にキスを贈ってくれた。

    【宗太郎】「俺も、みんなともっと演奏したい。でも同じくらい、仁菜ちゃんとの時間もほしいなって思うんだ。俺、わがままかな?」

    【仁菜】「ううん、そんなことないよ」

    わたし達は顔を見合わせ、微笑んだ。その唇が自然と重なり、互いの熱を求め合う。

    【宗太郎】「…………」

    【仁菜】「ん……」

    【宗太郎】「まだ、お風呂入ってないし……もう一回、したいな」

    【仁菜】「……うん、わたしも……」

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