あやかしごはん After Story 萩之介

――それは、ある日の夜のことだった。

今夜は、萩之介も家に招いて、大勢での晩ごはん。
「ごちそうさまでした! やっぱり吟さんの作るごはんはおいしいな。きんぴらの胡麻和えなんて特に最高でした」
「ふふっ。それは彼女が作ったものだよ、萩君」
「えっ、本当に!?」
萩之介の驚きの目が私に向けられる。わたしはこくんと頷いた。
「すごいな、君は。どんどん料理上手になっていくね」
「そんな事……」
「ふふ、いつでも萩君のところにお嫁に行けるようにしておかないとね」
「ぎ、吟さん!? お嫁さんだなんて……!」
吟さんの突拍子もない言葉に、私は真っ赤になってうろたえる。
そばにいる謡達も、「お~式はいつ挙げるんだ?」なんて言って、おもしろそうににやにやしている。
そして、肝心な萩之介は……
「そっかそっか。俺もいつでも君をお嫁に迎えられるように、ちゃんと神社の跡取りとして成長しないとな」
そんな事を言って、楽しそうに笑っている。
(萩之介ったら……)
ただの友達だった頃から、萩之介はストレートに物事について話すので、私は押されてばかりだった。
だけど、こうして恋人になってからは……その勢いはますます増していく。
そうして悔しい事に、その言葉に私はいちいちドキドキと反応してしまうのだ。
私ばっかりドキドキしている。こんなのって不公平だ。
(それに、今のはちょっと……)
なんだか、胸の中がもやもやしてしまう。
「……お皿、片づけるね」
私はそんな妙な想いを振り切るように、ささっとお皿をお盆に片づけていった。

流し台の前に立ち、ひたすら食器を洗い始める。
萩之介のもとから離れたおかげで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
それと同時に、照れや焦りよりも、だんだん悲しみや不安が胸に湧いてくる。
(お嫁さんだなんて……。そんな事、簡単に言わないでほしかった)
言いだしっぺは吟さんだけれど、第三者の吟さんがからかうのと、当事者の1人である萩之介がからかうのとでは、重みが違う。
(あんな風に軽く言えてしまうなんて。萩之介にとって、私をお嫁さんにする事は、冗談みたいなものなの?)
考えだすと、どんどん悲しみが増してくる。私は自分でも気づかないうちに大きなため息を吐いた。
すると……
「洗い物、1人じゃ大変だろ? 手伝うよ」
「……っ! 萩之介……」
突然、背後から萩之介に声を掛けられた。
私を悩ませる張本人の登場に驚くとともに、胸の内をうずまく不安や悲しみといった感情から、うまく彼の顔が見られない。
「……ひ、1人でも平気」
そう言って、ふいっと目を逸らすのが精一杯。
だけど、どうも私のその反応は不自然だったらしい。妙な沈黙が、私達の間に生まれる。
どうしよう、と困っていると……突然、背後にあたたかいものを感じた。
気づけば、私は後ろから萩之介に抱きしめられてしまっていた。
「は、萩之介……!? な、なに……!?」
「君がなんだか、悲しんでるみたいに見えたから」
萩之介の声が、左耳のすぐ近くから聞こえてきて、くすぐったい。
どいて、と押しのけたくても、両手いっぱいに洗剤が付いてしまっているため、不用意に手を動かせない。
仕方なく、私は身じろぎしたいのをぐっと堪える。
「……別に、悲しんでなんていないわ」
そんな強がりを口にしてみる。
「嘘。君がどんな気持ちでいるかなんて、俺にはすぐに分かっちゃうんだからな?」
「…………」
「……でも、どうして君が悲しんでいるのかまでは、申し訳ない事に分からない。だから、理由を教えてほしい」
「理由なんて……」
「大事な恋人が、俺の知らないところで1人で悲しんでるなんて、俺は嫌なんだよ」
「だからお願い、教えて?」と、耳元でねだられ、頬が熱くなる。
「……でも、言ったら萩之介にバカにされるかも」
「俺が? どうして?」
「それぐらい、小さな事なの。だから気にしないで」
「小さな事なら、教えてくれたっていいだろ? 俺は君の言葉ならなんでも聞きたい」
「…………」
(これはもう、逃げられないみたい……)
悩んだ末に、私は観念し……正直に気持ちを打ち明ける事にした。
「……萩之介、私をお嫁さんに迎えるって言ったでしょ」
「え? ああ……うん、言ったね」
「私は……萩之介が、簡単にそんな事を言ってのけるのが、ちょっと嫌だったの」
「え……?」
「そんな風に簡単に言えるって事は……本気で私をお嫁さんに迎える気はないんだろうな、って感じて……」
言いながら、私はふと、ある事に気づく。
なんだかこの言い方では、まるで――……
「……君は、俺と結婚したいって、冗談でなく思ってくれてるんだ?」
「――っ!!」
萩之介の問いに、私はいよいよ茹でダコのように真っ赤になってしまった。
(わ、私ったら、何を言ってるんだろう!? これじゃあまるで、結婚を催促してるみたい……!!)
「ち、違うの、あの……!」
言い訳を必死に考えるけれど、うまく言葉が繋がらない。
普段さんざん読んでいる本の内容は、肝心な時にまったく役に立たない、と思い知らされる。
そんなパニックに陥っていると、首元が急にくすぐったくなった。萩之介が顔をうずめているらしい。
「ごめんね。君が悲しんでるのは分かってるんだけど……正直、すごく嬉しい……」
萩之介の声に、真剣さが帯びている事に気づく。
「ねぇ、確かに俺はさっき、冗談みたいに言っちゃったけど……でも、何も考えずに言ったわけじゃないよ」
「……どういう事?」
「他の女の子相手だったら、あんな事絶対に言わない。俺が将来を誓い合いたい、って思うのは、君だけ」
「……萩之介……」
「いつか、俺がもっと大人になったら、その時またちゃんと言うから。冗談なんかじゃなくて、本気の言葉で。……それまで待っててくれる?」
優しく、耳元で囁かれる。甘い言葉に、頭の中がくらくらする。
だけど……彼の言葉を信じるためには、それだけじゃ足りない。
「……ねぇ。萩之介の顔が見たいな」
「俺の顔……?」
萩之介は、戸惑いながらも私から手を離す。
振り返ると、そこには普段よりも頬を赤くした彼がいた。
(……可愛い)
いつもは、私が翻弄されてばかりなのに。今は、私が萩之介を困らせてしまっている。
申し訳なさも感じるけれど、でも、彼にこんな顔をさせているのが自分だと思うと……嬉しい気持ちも沸き起こってくる。
こんな風に思う自分は、ずるいのかもしれない。でも、彼を愛しく想う気持ちを、止められない……。
「……分かったわ、萩之介。私、ずっと待ってる。萩之介が大人になるのを」
私が言うと、萩之介は「ありがとう」と微笑む。
そうして私達は、2人きりの台所で、こっそりキスを交わしたのだった……。

©honeybee

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